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2021年発行

マルクス・レーム 義足が有利は本当?数値でその優位性を検証してみる

「義足」の走り幅跳び選手マルクス・レーム。

その実力は健常者の大会に出場しても互角どころか優勝までしてしまうほどのレベルです。

パラアスリートの大会では向かうところ敵なしのレーム選手は、今年の東京でパラリンピックでなくオリンピックに出場するかもしれません。

というのも、ドイツ・オリンピック委員会がマルクス・レームを東京オリンピックにも出場させるよう、IOCに特例の許可を求めたのです。

しかし渦巻くのは「義足のほうが有利なんじゃないか」、「有利な義足を履いてのオリンピック出場は公平性に欠ける」といった抗議の声・・・

この記事では、

  • レーム選手の母国・ドイツ陸連が検証した数値を元に、走り幅跳びにおいて本当に義足が有利なのか?

について迫っていきたいと思います。

義足が有利は本当?

レーム選手のあまりの活躍により、走り幅跳びにおいては「義足」選手の方が有利なのではないかという声が多く囁かれています。

レーム選手の実績

レーム選手は2012ロンドン、2016リオのパラリンピックで2大会連続の金メダルを獲得しており、2020東京でも優勝は確実視されています。

それどころか2014、2015のドイツ選手権では健常者を抑えて優勝。その記録はオリンピックの記録と比較しても十分にメダル圏内に入ってくるものでした。

その頃から、レーム選手のオリンピック出場に対する期待感とともに熱を帯びてきたのが「義足の有利性」についての議論です。

義足の材質

パラアスリートが装着する義足はカーボン繊維製で、激しい運動に耐えうる剛性と弾力性を持っています。

この性能の高さが跳躍に有利に働くのではないか、という憶測が後を絶たないのです。

数値で検証

その優位性について、レーム選手の母国であるドイツ陸連の検証結果があります。

ドイツ陸連は、当時8m24cmを飛んだレーム選手と、8m台の記録を持つ健常選手32人の、踏み切る前と後の速度の変化を比べました。

踏み切り前の助走、レーム選手は秒速9.72メートルで走っています。これは32人の平均10.43メートルより遅いです。

ところが踏み切った直後、レーム選手の垂直方向への速度は秒速3.65メートルで、32人の平均3.36メートルを上回ります。

また、踏み切り直後、レーム選手の水平速度は0.92メートルしか減速していないのに対して、32人は1.50メートル減速していた、というものです。

助走はマイナス、跳躍はプラス?

数値で見ると、義足であるレーム選手は助走のスピードでは健常選手に敵いません。単純なスピードでは劣ると言えます。

ところが踏み切った直後、つまり跳躍に入ってからは、健常選手よりも速い速度で高くまで飛び上がり、前方に進むスピードの減速度合いもゆるやかであったという結果が出ています。

数値だけで見るならば、義足は助走に関してはマイナス効果、跳躍に関してはプラス効果ということが言えそうです。

レーム選手本人は・・・

レーム選手はこれら義足に対する様々な憶測に対し、

「義足を履けば、誰でも大ジャンプができるわけではない。その陰にある努力をみてほしい」

と訴えています。

たしかに「義足を履くだけ」で記録が伸びるとは思えません。レーム選手の日々の鍛錬があってこその記録であることは間違いないでしょう。

東京オリンピックへの出場は?

これだけの記録を出す選手ですから、オリンピックの舞台で健常選手とぶつかり合うシーンも見たいところではありますが、現時点でIOCからの回答は出ていません。

義足の優位性も証明できない

先述の通り、義足であることはプラスの面もあればマイナスの面もあり、有利不利の判断は極めて難しいものになっています。

そしてもし、このような形でオリンピックへの出場を容認すれば、それこそわざと足を切断し、義足を履いて出場しようという選手が出てくることも懸念されます。

また、その正式な検証には大学などの研究機関の協力が必要で、費用は数千万円かかるとも言われており、期間もどれくらいかかるか分かりません。

この問題は、オリンピックとパラリンピックの存在意義自体を揺るがす大きなテーマでもあるのです。

まとめ

義足のジャンパー、マルクス・レーム選手。

その実力は申し分ないものですが、「義足の有利性」に対する疑惑の念を払拭するのは少々難しいと言えそうです。

それでも一般的にはオリンピックよりも注目度が下がってしまうパラリンピック。レーム選手の活躍はパラアスリート全体への希望となることは間違いないでしょう。