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ここにはそれがある。
あした使えるはなしのたね
2019年発行

「もっけい」のはなし。2019.6.6

大相撲ファンにとって永遠のテーマとなるのが「史上最強の力士は誰か」です。記録だけで言うならこれはもう白鵬です。

数字上の最強力士をこの目で見ることができる時代に生まれた我々は幸せ者です。ただ、これには反論も大いにあります。よく耳にするのは「品格を持ち合わせていない横綱を“最強”と呼ぶことはできない」というもの。

記憶に新しいところでは、めちゃくちゃ強かった朝青龍も同様の理由で何度も問題視されていました。じゃあ「品格」って何なの?というのが今回の話でございます。

数字上の最強力士・白鵬をもってしても(おそらく)破ることができない記録があります。それは「連勝記録」。大相撲における連勝記録保持者は昭和11年~14年にかけて「69連勝」を達成した双葉山です(白鵬は「63」)。

しかしその優勝回数は「12」。今と昔では年間の場所数が違うため単純比較はできませんが、これは白鵬の42回(2019年5月現在)には遠く及ばず、さきほどの朝青龍よりも千代の富士よりも貴乃花よりも少ない回数です。

それでも双葉山を史上最強力士と呼ぶ声は多く、それは双葉山が連勝記録だけではない何かを持ち合わせていたからに他なりません。それが「もっけい」です。平仮名で書くと何かモッサリ感が凄いですが、漢字で書くと「木鶏」。

これは中国の荘子に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす言葉です。故事では紀悄子(きしょうし)という闘鶏を育てる名人が登場し、王からの下問に答える形式で最強の鶏について説明します。

紀悄子に鶏を預けた王は、10日ほど経過した時点で仕上がり具合について下問すると、紀悄子は『まだ空威張りして闘争心があるからいけません』 と答えます。

更に10日ほど経過して再度王が下問すると『まだいけません。他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます』と答えます。更に10日経過しますが、『目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません』と答えます。

さらに10日経過して王が下問すると『もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。まるで木鶏のように泰然自若としています。

その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう』 と答えたといいます。真人(道を究めた人物)は他者に惑わされること無く、鎮座しているだけで衆人の範となる、という教えです。この言葉を双葉山は大変気に入り、胸に刻んで修行に励んだといいます。「横綱は最強にして全力士の手本となるべき存在である。

闘争心むき出しで、対戦相手を睨み付けるようでは横綱として品格なし!」と言う声が強いのは、双葉山のこうした姿勢に感銘を受ける人が多いということです。

そういう意味で私が尊敬する人物の一人に所ジョージさんがいます。彼の「木鶏」ぶりを表すエピソードがあって、所さんが奥さんと飛行機に乗っていて、客室乗務員がポットに入ったコーヒーを注ぎに来てくれた際の話です。

所さんが窓側の席でコーヒーを注いでもらった後、通路を挟んで隣の席の客が乗務員に声をかけました。その客が外国人だったからでしょうか、

乗務員は客との会話に集中してしまい手に持っていたポットが傾き、会話の間中、所さんの隣で寝ていた奥さんの足元のカバンにドバドバとコーヒーがかかっていたそうです。それを見ながら所さんは怒ることも慌てることもなく、コーヒーをすすりながら「ああ、こういうこともあるよなぁ」と思ったそうです。

なかなか真似できることではありません。この話をする所さんが面白すぎてゲラゲラ笑った記憶があります。マシンガンのようなトークをするわけでもなく、強烈な一発ギャグがあるわけでもない。それでもず~~っとテレビに出続けている所ジョージさん。

日本人が求める「木鶏」のごとき強さと美しさが、その秘訣なのではないでしょうか。(N