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NewPost 2021年発行

「ロストテクノロジー」のはなし。2021.4.15

日本刀って現代の技術をもってしても完全再現できないって知っていましたか?

刀ってロマンがありますよね。あの美しい形状、西洋の剣(ソード)にはないワビサビといいますか奥深さがあります。・・・ってまあ別に私はそれほど刀に詳しいわけでもないし、再現できないっていってもまったく作れないわけではないんですけどね。ロストテクノロジーになっているのは慶長元年以前に作られた「古刀」と呼ばれるジャンルの刀です。それ以外は今でも作れます。

何か一気にテンションが下がりましたが語りたいのは日本刀の話ではないので大丈夫です。

遅々として進まない日本のコロナワクチン接種。海外ではもうバンバン打ってます。その接種率はイスラエルが60%以上、日本より人口の多いアメリカでも30%以上がすでに接種済みです。

ワクチンを接種することでしかもうコロナを封じ込める方法はないというのにこのゆったり感は何なんでしょう?様々な理由が絡み合っての超スローペースなわけですが、その理由の一つが「地方自治体が集団接種のノウハウを失っている」ことです。

その昔、といってもほんの数十年前までは、小学校・中学校でインフルエンザワクチンの集団接種が行われていました。私も受けていましたし、多くの方々の記憶にも残っているでしょう。

保健室とか体育館にズラ〜っと並ばされて、おばちゃん看護婦さんにちゃんと消毒液ついてるのかよく分からない脱脂綿で手荒く消毒されて、これ打つ頃にはカッサカサに乾いてるでぇとか思いながら、一回一回きちんと替えてるのか疑わしい注射針でブスブスみんなワクチンを打たれたのです。

今考えたら相当なテキトーさ加減というか、雑な環境だったなぁと思います。でもそれが当たり前。副反応がーとか、アナフィラキシーショックがーとか、そんな事を口にする人間は誰一人として居なかったと記憶しています。

ところがこの集団接種、開始からわずか11年で希望者のみの接種とするように法律が改正され、1994年にはインフルエンザそのものが予防接種法の対象疾患から外されてしまいます。その後は個別に医療機関で接種する任意接種へと切り替わったのです。

集団接種が行われなくなった理由は先にも挙げた副反応が取り沙汰されるようになったためです。もちろんそうした反応が重篤な症状を引き起こしたり後遺症が残ったりする事もあるので慎重になるのはおかしくないですが、集団接種が行われなくなった事で小中学生の接種率は大きく低下してしまいました。

これについて興味深い研究結果が報告されています。日本で小中学生の集団ワクチン接種が行われていた期間と、行われなくなった後の高齢者の死亡率を調べたものです。研究によると、小中学生へのワクチン接種が推奨され始めた1962年、肺炎やインフルエンザによって死亡する高齢者の数は激減し、集団ワクチン接種を行っていた1977年から87年の間はずっと低い数値をマークしていました。

しかし集団ワクチン接種がなくなると高齢者の死亡者数は再び増加し、2000年にはワクチン接種が推奨される以前と同等の高い数値に戻っていたのです。つまり小中学生の集団ワクチン接種は、子供たち個人だけでなく社会全体を守っていた可能性があるという事が言えるのです。

もし、集団接種がずっと行われていたら、副反応によるリスクと引き換えにここまでのコロナパニックにはなっていなかった可能性もあると言えるのではないか・・・まあそれは言い過ぎにしても、コロナワクチンの接種に関して言えば集団接種のノウハウを活かしもっとスムーズに、もっとスピーディーに行われていた事だけは間違いないはずです。

ロストテクノロジーとは「失われた技術」のことを指しますが、仕組みやノウハウを維持することも技術のうちと捉えるなら、日本が失った技術の代償はあまりにも大きいものかもしれません。(N)