見たい、聞きたい、話したい…
ここにはそれがある。
あした使えるはなしのたね
2021年発行

「気になる日本語」のはなし。2021.4.8

「木っ端微塵」って言いますよね。粉々に砕かれることを指す言葉ですが、よく考えるとこの言葉って使われる頻度のわりにその状態が生まれにくい。

使用例としては“夢や希望が木っ端微塵に打ち砕かれる”など、案外簡単なことで完全にダメになってしまうようなイメージの言葉なんですが、ちょっと待って。

「木っ端」って読んで字のごとく木の破片のことですけど、木を粉々にするってけっこうムズくないですか?例えばそこそこの大きさの切り株を1mぐらいの高さから落としても、ドスッと地面に落ちるだけで絶対粉々になんてならない。

その切り株を粉々にしようと思ったら、オノとかナタみたいなものでとりあえずガンガンぶっ叩いてそれなりの大きさに割ってからハンマーなどの鈍器でまたガンガンやってようやく細かい破片になります。すんごい労力です。汗ビッチョビチョです。しかも木って意外と水分を含んでて割としっとりしてる。

粉々でパサパサな、乾いた現実を突きつけられる感にすごく乏しいと思うんですよね。簡単に粉々にしたいなら別にガラス瓶とか陶磁器でいいじゃないですか。胸ぐらいの高さから落とせばいとも容易く割れて粉々になってくれるでしょう。わざわざ木の塊を選んでそれを粉々にする意味が分かりません。

「超音波」も違和感ありますよね。「超」ってことはその後に続く言葉を超越してるんでしょうが「音波」というもの自体まず目に見えないし肌で感じることもできない。厳密に言うと音そのものが波(周波数)なので音が聞こえている状態は波を感じている状態なわけですが、音楽を聞いてて「今オレ波感じちゃってるぜ・・・」とはなりません。

どこのサーファーやねんという話です。ということは音波を超越している「超音波」って言われても困るわけです。例えばめちゃくちゃ美味しくて栄養価も高い白ご飯があったとして、それを「超ご飯」というなら分かります。味も感じ取れて健康にもつながるからです。

でもそもそも馴染みのないものを超越されてもスゴさが伝わらないんですよ。同じ理屈で「超合金」もそうです。「合金」という言葉自体、「超合金」という言葉でしか聞いたことありません。どこの業界で取り扱ってるのか。キャバクラの女に「何の仕事してんの~?」と聞かれて「合金を主に扱ってるんだよ」という奴を見たことがありません。

「超」がつく言葉で最もよく聞くのは「超能力」でしょう。でもこれもヒドい。超越してるのが「能力」って・・・ざっくりし過ぎでしょ。どんな能力なのか全く分かりません。テレパシーとかテレキネシス的なものを超能力と称することが多いと思いますが、「能力」だけならどんな能力でも凄ければ超能力です。

例えば鼻クソをもの凄いスピードと精度でほじくる能力を持ってる奴も、言ってみれば超能力者でしょう。結局、「超」がつくとその後につく言葉を修飾するという概念を通り越して言葉自体が一人歩きしてしまうんです。だから分解するとよく分からないことになってしまう。

最後は気になる「日本語」ではなく「日本の曲」の話になりますが「ドレミの歌」は返す返すも変です。無理がある。

“ドーはドーナツのドー”で始まりますが、この部分の最後、“ドーナツのドー”のドの音は「ミ」なんです。えー!でしょ。続く“レはレモンのレー”のレは「ファ」。もう無茶苦茶ですよ。気持ち悪いことこの上なし。ドレミの歌は元々ミュージカルの中で歌われた英語歌詞の曲。それを日本語訳したものが歌詞になっているので訳し方次第で何とでもなったでしょうに。

もこれ、元の英語歌詞もなかなかヒドいんですよ。ドとかレの響きに合わせて単語を並べていく仕組みは同じなんですが問題は「ラ」のとき。“La, a note to follow Sew(ラーはソの次の音符)”―――おい。それがアリなら何でもアリになるだろが。まあこういうちょっと変なところがアクセントになって逆に覚えやすくなるという側面もあるのかも・・・。

こういう細かい「気になるネタ」はまだまだあるのでまた気が向いたら(ネタに困ったら)吐き出します。(N)