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あした使えるはなしのたね
NewPost 2021年発行

「ストローマン論法」のはなし。2021.2.25

揚げ足を取るなんてことは簡単なんです。誰でもできる。言葉や文章というのは人によって受け取り方が千差万別です。

例えば「私は暴走族が嫌いです」という普通の人なら当たり前のことでも、揚げ足を取ろうと思えば「暴走族に入って大切な大切な友人と出会うこともあります。そこで知り合った友人と会社を興して一生懸命働いている奴を私は知ってます。それなのにあなたは暴走族を否定するのですか」という反論ができる。

でもこんな反論にいちいち付き合っていたらキリがないんです。こんな論法なら世の中のありとあらゆるものに対して反論が可能だからです。

これが「ストローマン論法」です。“相手の主張の一部分だけを引用したり、極端な形に言い換えたりして反論しやすい形に改変してから論破しようとすること”を指します。

何度も言いますがこんな反論にいちいち付き合っていたらキリがない。公の場で何かを喋ったり、不特定多数に対して何かを発信したりする人はもう何も言えなくなってしまう。

問題発言だと見なされるたびにやれ辞任だー、謝罪会見だー、後任人事だー、とかやってるの、時間の無駄だと思いませんか。

個人的な見解を述べさせてもらうと、発言でも文章でもどこかにエッジとかフックが必要だと思っています。

誰かの心にちょっと刺さったり引っかかったり・・・一瞬不快な思いをするかもしれませんがそれがきっかけとなって自分を見つめ直したりより良い方向へ改善したりすることができるからです。

これがな~んにもない誰の心にも響かない内容ばかりだと、その発言や文章に存在意義が生まれないと思います。

もちろん意図的に誰かを傷つけるような表現をすることは言語道断です。ですがこれまた冒頭に書いたことの繰り返しになりますが世の中にはいろんな人がいていろんな考え方があっていろんな価値観がある。

多様性を認めろ!とか声高に叫んでおきながら、自分が言われて嫌なことに対してはその部分だけをフィーチャーして親の仇かのようにムキになる―――それって結局は自分が気に食わないだけなんです。

ストローマン論法が問題なのは、その議論の目的が相手を打ち負かすことになってしまうからです。

相手の意見を否定する、論破して屈服させる、そういうことが目的になっている。そんなものは議論でなく口ゲンカです。

議論というのは勝ち負けで決するものでなく、そこから何を生み出したかが価値判断基準となる代物なので、あなたがその議論に勝ったからといって周りに余計な負担や無駄な時間が発生したら意味がない。

大体「口ゲンカ」という言葉自体が良くない。話し合いを「議論」でなく「ケンカ」だと思っているから、相手を負かそうとする、否を認めさせようとする。そして大体「口ゲンカが強い」ことを自慢するのは男性ではなくじょ・・・おっと、この辺でやめときましょう。

「ストローマン」とは藁人形のことを言います。相手の主張の本体ではなく、自分にとって否定しやすい代用物、つまり藁人形を持ってきてそれに釘を刺す。それで勝った気になる。

ですが皆さんご存知の通り、藁人形で誰かを呪い殺そうとして釘を何本刺したって効果はありません。よってストローマン論法を用いて論破しようとすることにもまったく意味がないのです。

もちろん非難されるような発言をする人間が元凶ではありますが、非難する側も大した論法を用いていないケースが多々あるので注意が必要です。(N)