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あした使えるはなしのたね
2020年発行

「割り引かれた時間」のはなし。 2020/08/27

“野球の送りバントは非効率な作戦だ”ということが、データ上明らかにされています。

送りバント(正式名称は犠牲バント)は得点確率と期待得点の両方を下げます。

野球を全然知らない方のために一応説明しますと、送りバントというのは一塁ないし二塁にランナーがいる場面で、バッターがピッチャーの投げた球にバットをコツンと当て、コロコロ転がった球を相手が捕球して一塁に送球する間にランナーを進塁させる作戦です。

バッター自身はほぼ確実にアウトになりますが、それでもランナーが進めばそれだけ得点の期待が高まる、ということでプロ野球の世界でも普通に使われている作戦です。

言うほど簡単なプレーではないですけどね。

そりゃランナーが進めば得点の確率が高まるだろ、と単純に考えがちですがそうではない。

例えばノーアウト一塁の場面で送りバントをして1アウト二塁とした場合、過去データから算出すると、ノーアウト一塁の状態のまま進めたときと比較して得点確率は40%から39%に、期待得点は0.81点から0.68点に下がります。

送りバントをしない方が点が取れる可能性が高い上に、たくさん点が取れる期待値も高いのです。

さらに送りバントをした後のバッターの打率が1割3厘以下でないと、送りバントの意味はないという結果が出ています。

こんな打率のバッターはプロ野球の世界には絶対にいません。

どんなに打てないバッターであっても、打率が2割もあるならば、送りバントなどせずヒッティングに行った方が効果的なのです。

ではなぜ送りバントが無くならないか?それは「時間割引」というものが関係しています。

突然ですが質問です。1年後に1万5千円もらうのと、今すぐ1万円もらうのと、どちらか選べと言われたらどうしますか?おそらく、後者を選ぶ方が圧倒的ではないでしょうか。

当たり前ですが1万円より1万5千円の方が価値があるのに、なぜか今すぐと言われると1万円を選んでしまう・・・これが時間割引です。

未来に存在する価値は実際より過小評価される傾向にあります。

送りバントに話を戻すと、例に出したノーアウト一塁の場面、送りバントをしてから得点が入るまでの平均所用打席数は1.98です。

対して送りバントをしなかった場合の得点までの平均所用打席数は2.96です。

つまり単純に得点が入るまでの「時間」は送りバントをした方が早い。

でも、しなかった場合の方が得点確率も期待得点も高いわけですから、野球が最終的な得点差で勝敗を決める競技である以上、やはり送りバントは非効率な作戦であると言えます。

毎年、夏の甲子園で議論の対象になるのがエースピッチャーの酷使です。

炎天下で何連投もして、壊れてしまう選手が後を絶たないからです。

しかしどんなに疲れていても、例えそこで選手生命が朽ち果てようとも、目の前に試合があればエースは「投げさせてくれ!」と言うでしょう。

私が同じ立場でもそう言うでしょうし、私が監督でも「思い切り投げて来い!」と言うでしょう。

決して正しい選択でないと分かっていても・・・。

これも時間割引ですね。

この先に輝かしい選手生命が待っているとしても、「今、この瞬間」が眩しすぎて、未来を冷静に判断できなくなっているのです。

ここで終わってもいい

―――そう思わせてしまう何かが、甲子園にはあります。

甲子園には魔物が棲んでいると言われます。

であるならば、その魔物は少年たちの未来という「割り引かれた時間」を喰らう怪物なのではないかと思うのです。(N)