2021年4月3日、心不全のため都内の病院で亡くなっていたことが明らかになった俳優の田村正和さん。
田村さんといえば代表作「古畑任三郎」でも見せた、あの唯一無二と言っていい演技力。
数多くのタレントがそのものまねをしましたが、あの独特の語り口を完全に再現できた人は結局最後まで現れなかったと思います。
この記事では田村正和さんの代名詞でもあるあの名演技の原点に、代表作の「眠狂四郎」「古畑任三郎」の2作品から迫ってみたいと思います。
もくじ
眠狂四郎
出生に大変なコンプレックスを持った、虚無の世界にしか生きられない男。表情ひとつ変えることなく人を斬る、ニヒルで冷徹な剣豪・・・という見るからに難しそうな役どころをカンペキに演じきったどころか、当たり役にまでしてしまった田村正和さん。
そこには大きな期待から来るプレッシャーや、高齢になっても演じたことによる苦労があったようです。
田村に是非、やらせたい
田村さんの代表作の一つである「眠狂四郎」シリーズ。この眠狂四郎役は原作者である柴田錬三郎さんから直々に指名を受けての配役でした。
名作であった眠狂四郎は田村さんが演じる前からすでに映像化されており、その役は当時大スターだった市川雷蔵さんが演じていたのです。
そんな中で原作者から「田村に是非、やらせたい」と指名を受けたのですから、そのプレッシャーは計り知れないものだったと思います。
このとき田村さんは弱冠29歳。まだ20代でこの大役を務め上げたその演技センスと、田村さんの才能を見抜いた柴田錬三郎先生の眼力たるや、すごいものがあります。
40代、50代になったらもっと良くなるよ
柴田先生は29歳の若さで眠狂四郎を演じきった田村さんに「40代、50代になった正和君の狂四郎はもっと良くなるよ」と言われたそうです。
実際、田村さんのもう一つの代表作「古畑任三郎」を最初に演じたのが50歳のとき。その演技力が完成の域に達した瞬間に、新たな当たり役と出会う辺りも運命を感じさせます。
もちろん眠狂四郎役も40代、50代で演じ、円熟味を増した演技で見るものを魅了しました。
円月殺法に3時間
遺作となった2018年放送の「眠狂四郎 The Final」でも、体調面の不安を囁かれながら円月殺法のシーンに3時間かけるなど、演技への情熱が途切れることはなかったといいます。
またその撮影中、関係者からはこんな話も聞こえています。
「田村さんは休憩時間中もほとんど誰とも話をしていなかった。おそらく演じるときの体力、気力を温存していたのだろう。役に入ったときの姿は本当に素晴らしかった」
台本との向き合い方
柴田錬三郎先生曰く「田村正和は正座して台本を読む」―――
田村さんは俳優の仕事について「企画が決まったときは嬉しい。台本が来たときから、しんどい」ものだと語っています。
芝居の仕事は大好きだけど、だからこそ作品の根本である台本とは真剣に向き合わなければならない、ということではないでしょうか。
人々を虜にするその演技の裏側には、並々ならぬ情熱と芝居への信念があったことが伺えます。
古畑任三郎
眠狂四郎で見せたニヒルで冷徹な役どころから一転、田村さんのもう一つの代表作「古畑任三郎」ではコミカルでどこか胡散臭いスゴ腕刑事役を見事に演じました。
意外にもこの「古畑」役が田村さんにとって初の刑事役でした。
絶対にいる訳ない刑事
田村さんは「古畑任三郎」に対し「こんな刑事、絶対にいる訳ないってヤツです。殺人犯専門なのに銃は持たない、ネクタイもしない。女性の部屋に上がり込んで、料理しながら追及したりとか」と語っています。
そして「普通の刑事ものだったら出てませんよ」とも。
たしかに「古畑任三郎」はそれまでの刑事ドラマとは明らかに一線を画していました。何より登場人物は犯人と古畑のほぼ2人。
それまでの刑事ドラマと言えば「太陽にほえろ」や「西部警察」など、個性豊かなキャラクターがたくさん出てきて賑やかなものでした。
それに対し「古畑任三郎」は相棒役の今泉くんがちょろっと出るぐらいであとはヒロインすらいない。それでいてあの爆発的ヒットとなったのですから、脚本の三谷幸喜さんと、田村さんの超・名演技がいかにすごかったのかがお分かりいただけるでしょう。
台本を読んだとき、これはと思った
田村さんは「古畑」の台本を読んだ瞬間に、その面白さに惹かれたといいます。「構成が綿密で余計なものがないから、ぐーっと引きつけられる」と話しています。
また脚本の三谷幸喜さんも、古畑を演じるのは田村正和さんしかいない、と思っていたようです。「彼の生活感のなさが、いい意味で生きてくると思う」とコメントしています。
つまりお互い相思相愛で「古畑任三郎」は誕生したと言えます。
演じることの難しさ
この「古畑任三郎」の頃にはもはや超一流俳優としての地位を築いていたはずの田村さんですが、古畑を演じるに当たってこんな言葉も残しています。
「演じることの難しさが分かってきたのはつい、最近のことなんです。」
いくつになっても、そしてどんなに有名になっても、演じるということを追求していることが分かる一言ですね。
田村正和さんの演技の原点は
よく「古畑任三郎」は「刑事コロンボ」と似ていると言われます。これは脚本の三谷幸喜さんが「コロンボ」をリスペクトしていることが原因で、田村さん本人の芝居や演技に大きく影響したとは言いがたい部分があります。
憧れていたのはあの伝説的な名俳優
では田村さんのあの特徴的な名演技はどこから来ているのか・・・
これについては、デビューが同期だという俳優の岡崎二郎さんがこんな話をしています。
「若い頃の彼はアメリカの俳優のジェームズ・ディーンに憧れていて、演技もディーン路線でした」
そう、田村さんは24歳という若さで交通事故によりこの世を去った伝説的俳優・ジェームズ・ディーンに憧れていたのです。
その演技の特徴
ジェームズ・ディーンは、マーロン・ブランドやポール・ニューマンも輩出して名門俳優養成所「アクターズ・スタジオ」出身。
そこで役柄の内面を自然に表現する「メソッド演技法」というものを習得します。
これはかいつまんで説明すると「いかにしてリアルで生々しい演技を生み出すか」という演技法で、それまでは大きな身振り手振りと早口でまくしたてるような演技が主流だった中、より現実に近い繊細な動きで感情や心理状態を表現するというセンセーショナルなものでした。
ジェームズ・ディーンはこの演技法の申し子であり、その特徴の中で見た目に分かりやすいのは「シュラグ・アンド・マンブル(肩をすぼめてもごもご言う)」という点です。
古畑任三郎との共通点
古畑任三郎はまさにこの「シュラグ・アンド・マンブル」を忠実に再現していると思いませんか。
どちらかと言うと猫背で肩をすぼめ、上目使いでひっそりと喋る。それが「警部補・古畑任三郎」のイメージではないかと思うのです。
田村さんが自身のキャリアの集大成として、最も憧れた俳優ジェームズ・ディーンの特徴をこの「古畑任三郎」の演技に込めていたとしても不思議ではありません。
まとめ
ここまで、田村正和さんの演技の裏側を「眠狂四郎」「古畑任三郎」という2大作品から掘り下げてきました。
そこには田村さんご自身の演技への情熱や信念といったものが垣間見えるエピソードがあり、その原点にはあのジェームズ・ディーンの特徴的な演技があるのではないかと思うのです。
本当に唯一無二の存在感を持った日本を代表する名優・田村正和さん。ただただ、ご冥福をお祈りいたします。(N)