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あした使えるはなしのたね
2015年発行

「競歩は日本のお家芸?」のはなし。2015.4.9

先日、男子20キロ競歩で鈴木雄介選手が世界記録を樹立しました。男子として陸上競技の世界記録更新は50年ぶりの快挙だそうです(ちなみに50年前の記録は1965年の男子マラソン・重松森雄選手)。

競歩というのはどうしても地味な印象を受けます。日本での競技人口も2,000人ほど。スピード感や躍動感のあるスポーツでは決してありません。

ですが、歩くと言ってもその速度は走りに劣りません。世界大会レベルになると、普通の人が走るよりも断然早いタイムが出ます。

今回、鈴木選手が20キロ競歩で出したタイムは1時間16分36秒。フルマラソン42.195キロの世界記録(男子)が2時間02分57秒ですから、いかに競歩のスピードが凄いかお分かりいただけるでしょう。逆に一般人に「20キロを1時間16分で走れ!」と言っても絶対無理です。

競歩は日本のお家芸になる可能性があります。昔から日本人は歩くことが得意だったと言われているからです。「古池や 蛙飛び込む 水の音」――― 俳聖・松尾芭蕉は、実は幕府の隠密だったという説があります。

その根拠となるのが、並外れた脚力です。芭蕉は1689年に江戸を出発、東北から北陸を経て、岐阜の大垣まで156日間で約2,400キロにも及ぶ旅をしています。1日も休まず歩いたとしても、毎日15キロ以上歩かなければいけない計算です。

「奥のほそ道」によると、1日に50キロ以上歩く日もあったといいます。そして何より旅をしていた当時の芭蕉は既に46歳。この年齢でこれだけの距離を歩ける人間が、ただの俳人であるはずがない、というのが「芭蕉・隠密説」の理由です。また「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんも、1日に40キロ以上歩いたという描写があります。これも日本人の「歩く力」の高さを裏付けます。

「美しいフォームで歩き抜く」、これが鈴木選手の信条だそうです。日本で競歩への理解が深まれば、自然と歩き方そのものへの関心も高まってくるでしょう。

雑踏の中 前も見ず、人の迷惑も顧みずスマートフォンとにらめっこしながらダラダラ歩く。現代の日本人が競歩から学ぶべきことは多いのかもしれません。(N)